糖尿病ケアのための医学知識
新しい糖尿病治療薬「DPP-4阻害薬への期待」
医師 小西
すみれ病院の小西です.このブログでは,これから糖尿病の患者さんの療養に役立つ医学情報を発信してまいります.
今回は最新の糖尿病治療薬,インクレチン関連薬の一つであるDPP-4阻害薬(ジャヌビア,グラクティブなど)をご紹介します.昨年12月にDPP-4阻害薬が導入され,最近ではテレビや新聞でも取り上げられており,耳にしたことのある方も多いと思います.本稿では最初に現在の糖尿病治療薬の限界と課題を,次にその課題を克服すべく登場したDPP-4阻害薬による2型糖尿病治療への期待について述べたいと思います.
1.2型糖尿病治療薬の限界と課題
現在,2型糖尿病治療薬には,SU薬(アマリール,オイグルコンなど),ビグアナイド(メルビン,グリコランなど),チアゾリジン誘導体(アクトス),インスリンなどがあります.これらの薬剤が糖尿病治療に有用であることは間違いありません.しかし,既存の治療薬には限界があります.すなわち効果を期待して量を増やすと低血糖が起こります.また多くの治療薬は体重増加をきたし効果がなくなってきます.そしてUKPDS(イギリスで行われた長期臨床試験)の結果が示すように,2型糖尿病の宿命である膵β細胞の減少を食い止めることができません(図).
これからの2型糖尿病治療薬には,低血糖が起こらないこと,体重が増加しないこと,そして膵β細胞機能・細胞量が保持され長期にわたり安定した血糖コントロールが得られること,が求められています.
2.DPP-4阻害薬による2型糖尿病治療への期待
インクレチン関連薬であるDPP-4阻害薬が果たして今までの糖尿病治療薬の課題を克服できるかです.まずDPP-4阻害薬について理解するために,インクレチンというホルモンについて勉強する必要があります.
1)インクレチンとは
インクレチンとは,intestine secretion insulin(腸から分泌されるインスリン)の略で,消化管から分泌され,インスリン分泌を促進するホルモンです.現在インクレチンには主にGIP(Glucose-dependent insulinotropic polypeptide)とGLP-1(Glucagon-like peptide 1)の2種が知られています.
1900年初頭に消化管からの抽出物に2型糖尿病患者の尿糖抑制作用があることが報告されました.その後インスリンが発見され,同量のブドウ糖を静脈内投与した場合と経口投与した場合で比較すると,経口投与した場合のほうがインスリン分泌量は多いことがわかりました.これは消化管から分泌されるインクレチンの効果であると考えられました.それから100年近い時を経て,インクレチンが最新治療薬として脚光を浴びることになったのです.
2)インクレチン関連薬はなぜ糖尿病治療に期待されるのか?
インクレチン関連薬は,これまでの糖尿病治療薬とは全く違う機序で血糖値を下げる薬です.その一番の特徴は,低血糖を起こさずに血糖値を下げることです.SU薬やインスリンには低血糖のリスクがありますが,その低血糖のリスクがなく血糖コントロールできるという画期的な薬です.
これは,インクレチンが血糖値に応じてインスリンやグルカゴンの分泌量を調節する優れた作用を持つためです.つまり,血糖値が高ければより多くのインスリンを分泌するにも関わらず,血糖値が低いときにはインスリンを分泌させません.インクレチンによるインスリン分泌はSU薬とは違う機序で行われるのです.また,血糖値が高い時にはグルカゴンの分泌を抑制しますが,血糖値が低い時にはグルカゴンの分泌を抑制しません.そのため低血糖が起きにくいのです.
3)インクレチン関連薬の開発
糖尿病の有無に関わらず,食事をすると,GLP-1とGIPが腸から分泌されます.糖尿病治療の主要なターゲットはGLP-1です.GLP-1は,血糖値に応じて膵臓からのインスリン分泌を促しますが,DPP-4(Dipeptidyl peptide-4)と呼ばれる酵素によって,速やかに分解されてしまい,その効果は非常に短い時間しか得られませんので臨床応用できません.GLP-1をできるだけ長く体内に存在させることができれば,血糖値に応じてうまく血糖値を下げることができるのです.
そこで,治療戦略としてGLP-1アナログ(DPP-4の作用で分解されにくいGLP-1類似物質)とDPP-4阻害薬(DPP-4の作用を抑制して内因性GLP-1を増加させる物質),の2種類が開発されました.前者はインスリンのように皮下注射をする薬,後者は内服薬です.
4)DPP-4阻害薬はどれくらい効果があるのか?
今までの報告や臨床試験のデータを総合すると,DPP-4阻害薬は食後血糖,食前血糖を改善し,HbA1cを1%程度改善することが期待できます.DPP-4阻害薬単独の場合のみならず,他の薬剤で血糖コントロールが不十分な場合に追加投与することでも血糖コントロールの改善が認められます(現在併用が認められているもといないものがありますので主治医に相談してください).体重の増加は少なくとも1年の観察期間では認められませんでした.
5)血糖を下げる以外に期待される効果は?
GLP-1には血糖依存的に膵臓からインスリンの分泌を促進する,グルカゴンの分泌を抑制する以外にも様々な作用があります(表).これらの作用の多くは糖尿病治療に有用なものです.
表 GLP-1の血糖降下以外の主な作用
膵臓への作用:膵β細胞の増加作用(人では証明されていない)
脳への作用:食欲抑制作用,神経保護作用
心臓への作用:心機能向上作用,心筋保護作用
血管への作用:血管内皮細胞の保護作用
胃への作用:胃排出遅延作用
このように,DPP-4阻害薬は理論的には低血糖を起さない,体重増加をきたしにくい,また実験レベルですが膵β細胞保護作用が期待されるなど,2型糖尿病治療薬として期待の大きい薬剤です.しかし長期的に効果が持続されるのか,人で膵β細胞保護作用が認められるのか,副作用など,まだまだ検討されるべきことがたくさんあります.
日本での臨床試験時では,目立って問題となる副作用は報告されていませんでした.しかし「市販直後調査の中間報告(平成22年3月3日現在)」が公表され,重篤な副作用集計37例中,19例以上が70歳以上で,年齢不明を除いて8例が80歳以上と,SU薬併用の高齢者に重篤な低血糖が出現していることが明らかになりました.このようななか,糖尿病学会のホームページ(http://www.jds.or.jp/)にも「インクレチンとSU薬の適正使用に関する委員会」からインクレチン関連薬使用に関する注意喚起の文書が出されました.SU薬との併用による低血糖には十分な注意が必要です.
DPP-4阻害薬は2型糖尿病の既存の薬剤の課題を克服できる可能性を秘めた薬剤であり,1日1回投与で,食事時間に無関係に投与可能など便利な薬です.しかし,糖尿病治療の基本は運動と食事療法であることをよく理解した上で,患者さんの病態に基づいた治療を選択することが重要です.せっかくの良いお薬も上手に使わないと十分な効果は得られません.皆さんも糖尿病専門医とよく相談の上治療を受けてください.
タグ: DPP-4阻害薬,イクレチン,2型糖尿病